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あれは高知の室戸辺りを歩いていた時だろうか。
白い口髭を生やした、60代手前くらいのおじさんに話しかけられた。
「若いのにめずしいね」 そんな一言だった気がする。
おじさんも歩き遍路をしていて、しかも野宿で回っていた。
早速この先ある野宿スポットの情報を交換したり、どこが泊まりやすくてどこが泊まりにくかったかなど、歩いてきた道のりの思い出話をしたりした。
しばらく二人で歩いていたが、とにかくおじさんはおしゃべりな人だった
小学校の時、同級生の女の子の背中にヘビを入れて、先生にこっぴどく叱られた話。
自分の住んでいる北海道では、散歩してるとキタキツネを見かける話。
キャンプ場の管理人をしているが、最近若い人がめっきりと減った話。など次から次へと、とめどなく話し続けた。
おしゃべりなだけならいいのだが、おまけに歩くペースまで速い。
2時間くらい一緒に歩いていたが、話は聞かなきゃいけないわ、歩くペースも合わせなきゃいけないわ、で僕も疲れてきてしまったので先に行ってもらうことにした。
ちょうど近くにベンチがあったので「少しここで休憩してからいくので先行っててください。」と言うと
おじさんは「じゃあまた!」と軽く右手を上げ、颯爽と歩き出した。
「よし。これで一件落着」と思い、ベンチに腰を下ろす。
足全体をマッサージしたり、空に浮かぶ雲を何も考えずにボーっと眺めたりした。
そんな風にして10分程経ったところで、再び歩き始めた。
しばらく歩いていると「おーーーい」という聞き覚えのある声が前方から聞こえる。
またあのおじさんだった。ニコニコした顔で、手を振っている。
思わず「なんでだよ」とつぶやいたが、無視するわけにもいかず、おじさんの所へ向かった。
おじさん「いやーーー。おそいよ!」
ぼく「待ってたんですか?」
おじさん「当たり前だろ。さぁ行くぞ!」
と言い、僕たちは再び一緒に歩くことになった。
またおじさんの一人演説がはじまったので、僕は適当に相槌を入れながら歩くことにのみ集中した。
そんな風にして2、3時間程歩いていると、辺りが暗くなってくる。夕日が沈みかけている。
僕とおじさんは地図を見ながら、急いで近くの野宿スポットに向かった。
人けのない小さな集落を小走りで走っていると、緑の芝生の丘の上に東屋が見えてきた。
いわゆる屋根とベンチがある簡易休憩所のような場所だ。
僕たちは荷物を下ろし、それぞれ寝袋をベンチの上に敷いた。
おじさんはテントを持っていたが、立てるのが面倒くさいという理由でザックから出さなかった。
僕らは少し休憩し、各々簡易な夕食を済ました後、疲れていたので少し早いが眠ることにした。
辺りは真っ暗でしーんと静まり返っていた。
時々裏山からキィーという猿の鳴き声が聞こえてきたり、風で木の葉が揺らぐ音がするくらいだった。
僕がベンチから落ちないように態勢を整えていると、突然おじさんが語り始めた。
「実は君くらいの年齢の息子がいてさ。」
いきなりだったので、戸惑った。
「何がですか?」と問うと
ポツリポツリと暗闇の中でおじさんが話はじめた。
「君くらいの年齢の息子がいたんだ。世界中を旅行したり、活発な子だった。でも俺とは意見が合わなくて、顔見合わせれば喧嘩ばかりしてた。そのうち口もきかなくなってさ。」
おじさんはザックの中をゴソゴソと探り、一枚の写真を見せてきた。
「ほら、これが息子」懐中電灯で写真をを照らしながらそう言った。
写真に写っていた青年は、真面目そうで人当たりのよさそうな面差しをしていた。
よく見ると目の形がおじさんによく似ていた。